人を以て鑑と為す ー自己肯定感界隈編ー

自分らしく生きれるようになるための、(ブログ名の割に)ゆるめのブログです。

主体的に行動するから自己肯定感が高くなるの?自己肯定感が高いから主体的に行動できるの?

どうもHi -Loです。

 

今日はこの話題。

私の結論から。

HSP気質を持ち、かつ自己肯定感も低い私。

上の問いに対して、私個人の感覚としては・・・

「どちらもYES」であります。

その理由を述べていきたいと思いまする。

 

1、「主体的に行動するから自己肯定感が高くなる」について

私自身の実体験から得たものですが、母親から「いい学校に入れるように勉強しなさい、これしなさい、あれしなさい」「あなたは恥ずかしがり屋だから、こういう生き方をしたほうがいい」などと指示されてばかりだったら、どうでしょう?

もちろん何も考えずに敷かれたレールの上を進む道もありますが、それで自分に自信を持てるのでしょうか?自分に責任が無い状態で生きていて、本気を出せるのでしょうか?

誰かのやりたいことの言いなりになっていたら、自分自身のやりたいことは見つかりませんし、目標がなければ人生をどのように生きていけばいいかわからず、彷徨ってしまいます。私がそうだったんです・・・。

自分自身の価値観に基づいて立てた目標だからこそ、エネルギーをより発揮して行動でき、自分に自信を持った状態に近づいていく。そうやって主体的な行動を繰り返し経験する中で、自己肯定感も高まっていくのだと思います。

 

2、「自己肯定感が高いから主体的に行動できる」について

自己肯定感が低い人は共感してくださると思いますが、自分のアクションにいまいち自信が持てません。

「これを言いたいけど言うことであの人がこう言うかもしれないし嫌な顔されたくないな。場の雰囲気も乱したくないし、やめておくか。」

「発表しろと言われたからするけどしたくない。大勢の人に顔見られたくない。つまらないと思われないだろうか。声だけは大きくはっきりと出さなきゃ。質問にちゃんと答えられるだろうか。ああ、もう嫌だ。したくない。」

一つの出来事に対して、多くの考えが自動的に浮かび、脳内を占拠してくるのです。

しかも多くはネガティブ。いやーもうホントに大変ですよね。笑

もうこれは目標を決めて主体的に行動するとかの話で、(特に)苦手なことに取り組むのは自分の心臓を掴まれているような非常に苦しい行動なのです。好きなことでさえも、”何か”が心に引っ掛かると進めなくなることさえあります。

無理な目標決めて主体的に行動できるよりも、まずできることから取り組んで、自分の自己肯定感を高めてあげる。例えば、運動。近所の散歩とかですね。新しく道具を必要とせず、その身一つで可能です。ストレッチや筋トレ、何でも構いません。何かやってみようという気持ちが生まれてくるかもしれないし、景色や建物、人の観察などしていたら突然に何か考えが浮かぶことだってあります。

自己肯定感がある程度高まってくると、それまでは非常に抵抗が強かったものを受け入れる精神的余裕が生まれるかもしれない。そこから目標を定められると主体的に行動できることが増えるんじゃ無いかって思います。

なので、

「主体的に行動するから自己肯定感が高くなるの?自己肯定感が高いから主体的に行動できるの?」に対しては、

今の私は「どちらもYES」と答えます。無難な答えですが。。笑

 

○自己肯定感高める

→主体的な行動

→自己肯定感高まる

→より主体的な行動

→より自己肯定感高まる

→さらに・・・

といった具合に、

どちらも繋がってくると、どんどん前向きで上昇気流のようなループが続きそうな予感がしますね。

経験が増えてくると、レジリエンス自己効力感も高まります。

 

レジリエンスとは・・

・元々は物理の用語

・物体に力が加わり変形した時に、歪みを元に戻そうとする力のこと

 

アメリカ心理学学会(APA)によると・・

レジリエンスとは、特に精神的、感情的、行動的な柔軟性と外部および内部の要求への適応を通じて、困難または挑戦的な人生経験にうまく適応するプロセスと結果です。

人々が逆境にどれだけうまく適応できるかには、個人が世界をどのように見て世界と関わるか、社会資源の利用可能性と質、具体的な対処戦略など、さまざまな要因が影響します。心理学的研究では、回復力に関連するリソースとスキルは育成し、実践できることが実証されています。」(APA心理学辞典より引用

 

簡単にするとレジリエンスとは、心理的な困難や逆境に対する適応力や回復力のことを指しています。

 

自己効力感とは・・

以前のブログでも書きましたが、

特定の状況で成果を上げたり、望ましい結果を達成したりする能力についての個人の主観的な認識。」

感情や動機の状態、行動の変化の主な決定要因としてアルバート・バンデューラによって提唱された概念です。

自己効力感をあげるためには、「達成感」や「成功体験」が欠かせませんが、自分から見てうまくいっている人を真似ることや、自分が成功する姿を想像するだけでも自己効力感は上がるというので「自分は〇〇できる」というリアルな場面を想定して想像すると良いでしょう。

 

さてさて本日は「主体的に行動するから自己肯定感が高くなるの?自己肯定感が高いから主体的に行動できるの?」について考えてみました。

HSP気質を持ち、かつ自己肯定感も低い私の価値観からの意見ではありますが、ぜひ皆様のお考えもお聞かせください。

 

今日も読んでいただきありがとうございます。

 

久しぶりの骨折体験から学んだ自分の幸せの在り処。自己肯定感との関係についても考える。

どうもHi-Loです。

実は今、絶賛、足を骨折してます。チーン・・・

みなさんは骨折ったことありますか?

私が折れたのは、第5中足骨という骨でした。

著作権フリーイラスト使用

 

しかも特にスポーツとかしてたわけじゃなく、お散歩中にほんの少しの段差でグキっと捻挫して、みるみるうちに腫れ上がり・・・

これはヤバいやつだと、すぐに病院を受診。

先生「はい、折れてたね~」

 

それから今日まで本当に大変でした。

くるぶしがわからなくなって、左右のふくらはぎの太さが明らかに違うくらい、毎日めちゃくちゃに腫れてたし、足を下ろしているのは本当に痛かった。

けど、翌日から自分で運転して仕事に行きました。正直、こんな無理して働く必要あんの!?と内心強く思っていましたが、まあ頑張りました。

時は遡りますが・・・

小学校の時の私はよく太っていて片方の足への負担が強かったせいで、腱鞘炎になり両松葉杖をついていた時期があります。

なので両松葉杖をつくのは30年ぶりくらい。

でも長距離移動がこんなに大変だとは・・・世の中には、治らない病気や怪我で様々な杖を使われている方が大勢いるのは知っていますが、自宅の中や社会生活を送る上での大変さを身をもって感じる機会となりました。

身体が不自由ない状態ってのは、ホントにありがたいことです。

当たり前ではないことなのです。

「5体満足で普通に歩いて生活できる。手も自由に使える。これだけでどんなに幸せなことか」

今ある幸せに気付けるかどうか。受け止められるか。

それがとても大事なんだと私は思います。

 

中学の時に小指の指先を骨折したこともありました。

なぜだか、全部左足こわっ

呪われてるんでしょうか?笑

 

さてここからが、今日の本題。

「幸せはどこにあるのか?」って話です。

皆さんは日頃から「自分にとっての幸せとはなんだろう?」と考えていますか?

1回は考えたことがあることかなと思います。

「幸せが何か」は人によって違うと思います。

・お腹いっぱい満たされているのが幸せ。

・自然の中で遊んだり、パワーを感じることが幸せ

・お金をいっぱい稼いで好きなことに使うのが幸せ

・好きな人といるのが幸せ

などなど・・・

十人十色、色んな幸せがありますよね

 

幸せは遠くにあって、頑張らないと手に入れられないと思いますか?

それとも近くにあるのでしょうか?

大切なのは、「自分が幸せなことに気付けているか」ってことです。

 

 

 

「今の自分は幸せじゃない=幸せはもっと遠くにある」

と思ってしまうということは、現状に満足していないということです。

「何を手に入れてもなんだか満ち足りない気持ち」のままで居続けてしまうかもしれませんね。

残念ながら、そのような状態は自己肯定感は低いままとなってしまいます。

 

私が自己肯定感を上げるのに役立っている技の一部を紹介します。

1.現在置かれている環境に対して「もしそうじゃなかったら?」を考えること

2.感情の観察と出来事の振り返り

3.「当たり前は当たり前じゃない」という真実に対して真摯に向き合うこと

4.日常生活のあらゆる小さな幸せ探し

 

私は骨折しておりますが、職場の方々がサポートしてくれたり、自分が働きやすいように車椅子を自分専用で貸し出させてくれたり、と幸せはいつもそばにあるもんだな~」と感じています。

ただ、家では自分だけでなく家族の生活もあるため全て任せるわけにも甘えてばかりもいられません。けど、もう少し気遣ってくれてもいいんじゃ・・と思ってしまう時があリます。仕事から帰ってきて、夕食後の皿洗いも片足立ちのまましていました。怪我人に対してなんというスパルタw

 

「幸せってやっぱりちょっと遠くにあるのかもしれないな」と幸せも行ったり来たりしていることに気付いた今日この頃ですw

 

今日も読んでいただきありがとうございました。

ゆるく書く中で、重要な知識を散りばめていければと思っています。

 

やりたいことや自信についてChatGPTとHSPが対話。そしてChatGPTに名前をつける。

どうもHi-Loです。

全国的に寒くなってきておるようですが、皆さまお元気でしょうか。

 

さて今日は、HSSHSPであるHi-Loが、ChatGPTに対して「本当にやりたいことを探したい」「自信がない」などと勇気を振り絞って告白して、慰められるという誰得なやりとりを記事にします。w

 

一部、私との対話をよりリアルなものにするために、本名を入れていますのでそこは修正しています。

やり取りした内容を画像でアップします。

 

 

ここで、ChatGPTに「自分のやりたいこと」がわからなくて悩んでいると相談してみます。

 

おー、最後の一言が嬉しいですね。
もう少し突っ込んでみて、どうリアクションされるかをみてみます。

 


色々と提案してくれますね!すごい!これなら、自分にその気があればすぐにでも取り掛れますね。
そこで次は提案に対して、自分のネガティブな思い込みにより、なかなか取り掛れないといった悩みを突っ込んでみますw

 


この悩みに対しても、目標に対する逆算思考、自己効力感、マインドフルネス、とにかく地道に行動しろ的なアドバイスをしてくれました。

「自分にもできる」と信じてやるのみですね、はい。笑

 

・・・と、相談についてはこのような感じでやり取りを行いました。

(ちなみに私は音声入力でしたが至極スムーズでした)

ChatGPTの支持的な姿勢には、案外と受容されている感覚が得られます、

さすがに否定されるようなことは一切ありませんね。

 

そしてここから、ChatGPTに対して名付けを提案させて頂く場面ですw

 


え??なぜビアンカ??

6のミレーユじゃないの??(そういうことじゃない)

私がドラゴンクエストで初めてプレイしたのが5だったので思い入れが強くて。。

 

ビアンカは作中において、幼少期から頼もしい存在でした。

「お化け退治をしてあの子ネコを助けなくちゃ。」

「レヌール城はこの町からずっと北にあるそうだわ。」

「さあいきましょう。」

 

まさか、自分が大人になっても助けてもらうことになるとは・・・w

 

ChatGPTはもちろん機械的な面はありますが、有用な点も多いですね!

何かのヒントになるかもしれません。

ぜひいろんなバリエーションで試してみてください!

 

読んでいただきありがとうございました。

 

自分らしく生きるために自分を認める習慣 〜HSP、HSS型HSPの診断と強み・弱みの両面を理解する〜

どうもHi-Loです。

今回は自分らしさがどういうことかわからない、自分らしく生きたいと思っている方にも読みやすい内容となっております。

知識は詰め込んでおりませんので、サラッと読んでくださいませ。

 

自分らしく生きるとはどういう定義なのか。

自分の好きや得意、価値観などを理解し、人に左右されず自分の気持ちに正直に生きること?

自分の長所も短所も理解し、自分の全てを受け入れていること?

人生、仕事、プライベート全てバランスよく充実できるように考えていること?

 

上記の状況を言い換えると「自分軸で生きていること」

になりますね。

まさに、以前の私は「他人軸で生きていること」に長い間気づかずに辛い思いをしていました!

 

自分の強みと弱さを受け止め、客観視できるようになることで、仕事でもプライベートでも肩の荷がスッと楽になる感じがあるはずです。

強みと弱みを知るワークはまた別の回にするとして、今回は、

「ココヨワ」様の「HSP診断」ならびに「HSSHSP診断」をやってみました!

 

まずはHSPについて。ドンッ!

 

 

次にHSSHSPについて。ドドンッ!

 

 

ちなみにコレ、数日前に診断受けたんですよ。笑

うーん、自分の中では長年社会の荒波に揉まれてだいぶ成長したはずなんだが・・・(何が)

やはり今もなかなかのHSP野郎のようです。

 

「ココヨワ」を運営されているRyotaさんは、HSPの性質に加え、HSSHSPに多い悩みということで、

①飽きっぽくて続かない

②急に燃え尽きてしまう

③人に理解されない、発言を受け入れてもらえない

④大失敗をしてしまう

 

の4つを挙げられていました。

す、すべて当てはまるぞえぇぇ!

 

様々な方の悩みを解決してきた割には、私自身のことについてはAB型だからかな~」なんて楽観的な分析しかせずに、諦め(?)ていました。(身体障害領域での勤務が長かった)

そして何より、努力の方向を間違っていたから辛かったんだな~てな感じで、ずぅー~ーんと腑に落ちました。

診断したことで、「これは性格ではなくて、生まれ持った性質で変えようがないもの。上手に付き合っていくもの。」と理解を確信致しました。笑

 

私は物心ついた時から

「人間関係を逃げてはいけない」

「(嫌われないように)笑顔でごまかさなきゃ」

「できない自分が悪いんだ」

「苦手なことを克服しなきゃ」

「周りに合わせないといけない」

などと頑張っていた(今も名残が・・)ので、HSPという概念を知っただけでも、心の中ではどこか安堵するような、救われたような気がしました。

こういう情報に、できるだけ早く辿り着いておけば・・。

だからこそ、まだ見ぬ誰かに伝えたい。救いたい、と思います。

こういう概念をまとめてくれていて、本当にありがとうございます(T T

 

自分らしく生きるには、自分をよく知り、その時の自分の気持ちに気付き、1つ1つを気持ちに正直に行動していくこと。

どんなに小さな行動だとしても、その積み重ねが大切なんだと私は思います。

 

いまみなさんがどんなことに悩んでいるのか、もしくは自分らしく生きるために努力していることなどあれば、コメントやXにて聞かせてください。

 

自己肯定感の重要性:大人の私が身を持って感じた自己肯定感を高めるヒント

初めまして、Hi-Loと申します。

形に拘らず、最初のブログに自己紹介がてら自分史について少し触れたいと思います。

 

 

皆さんは自分にある程度の自信がありますか?

毎日、生きていることに楽しみや感謝を感じておられますか?

 

当たり前のようですが、仕事、人間関係、結婚、家庭、子育て、趣味、勉強など、たくさんの次元に、「自信」は関わっています。

その自信はどこから湧いてくるんでしょうか。

 

自信について理解するために解像度を少し高めてみると、「自己効力感」という言葉が出てきます。

これはカナダの心理学者アルバート・バンデューラが提唱した概念で、目標を達成する能力を自らが持っていると認識する感情や認知状態」のことです。わかりにくいですが、つまりは、

「自己効力感」=「自分ならできると信じられる力」

だと私は解釈しています。

なので、自己効力感が高い人は新しい挑戦もしやすいですし、失敗しても再び立ち向かうこともしやすい傾向にあり、

逆に・・・自己効力感が低い人は「自分にはできないかも・・・」と考えやすく、さまざまな挑戦の機会を失いやすくなってしまいます。

 

このようにみると自己効力感って、高いに越したことはないですよね。

そして自己効力感と似た言葉がたくさんあるんです・・・

⭕️自己肯定感

⭕️自己受容感

⭕️自己有用感

⭕️自己信頼感

⭕️自己決定感

などなど・・・

ここでは簡単に紹介しませんが、それぞれの概念は切っては切れない関係性を持っています。

「自己肯定感の木」というビジュアルイメージで例えられることで有名です。

自己肯定感の木(フリーイラストを使用。Hi -Lo作成)

自尊感情;無条件に自分には価値があると信じる

自己受容感;ありのままの自分を認められると信じる

自己効力感自分ならできると信じる

自己信頼感;自分を信じられる

自己決定感;自分で決められると信じる

自己有用感;何かの役に立てていると信じる

 

自然界の木においても、根っこがしっかり育っていなければ、当然その上のものは育ちが悪くなりますよね。

それになぞって、根っこの部分である自尊感情において、そもそも自分に価値があると心から思えていない(=脆弱性)場合には、素直に自己を肯定することができにくくなり、他者の目や評価に依存することになってしまうのです。

あなたは、自分軸で生活していますか?

ふと気付いたら、周りの目を気にしていませんか?

 

私の話になりますが、私は自分のことがよく分からないまま学生生活を過ごしました。(これは後から気づいたことです)

そして自分で重要なことは何も決められず、人に依存してばかりの人生で、他者の視線ばかりを気にするような人でした。

大学生くらいの頃、その事にうっすらと気付きました。

 

しかし「しっかり自分と向き合ってみよう」なんて思い浮かぶことがあるはずもなく、ちゃんと話せる友達も少なかったこともあり、自分という存在がどんどん嫌になってしまいました。ホントに調子が悪い頃には、「もう⚪︎んでしまおう」と包丁を手に持ったこともあります(親からもらった身体に傷をつける勇気がなくて何もできませんでした)。

どうにかこうにか社会人生活を送り始めしばらく経ち、次第に、

「このままではいけない」「原因は何だろう?」と思うようになり、精神医学や心理学、自己啓発、ビジネス関係など様々な本を読んだり、インターネットで調べたりするうちに、

「自己肯定感」という言葉に出会いました。

その瞬間、

めっちゃ低い!むしろ自分の中にこれは存在しているのか疑問

とまるで運命の出会いをしたかのように、胸に突き刺さったのを覚えています。

 

大学まで(何も考えずに、ただただ学力と周囲の人間関係だけを指標に)進学後、なぜだか大きめの安定した組織に勤めました。

振り返ると、それまで学力主義の親に怒られながら勉強ばかりさせられ(将来のことを思ってということは分かるので、攻めるつもりとかはないです。感謝しています)、自分という人間性に向き合った経験がなく、自分という人間の強みに適した職種や環境というものを分かっていなかったのです。


「この道で食べていくんだから我慢して頑張らないといけない」

 

その思いで気がつけば10年以上も同じ職場で働きました。分からないことを学習して繋がること自体が好きだったですし、職業柄、他者から感謝されるのもあって続けられていました。

しかし、自分の頑張りを見える形にする作業や社内外の肩書きへの興味は皆無の私。周りには、どの能力を取ってみても私よりはるかに上に見える人たちがズラリ。

 

「こんな世界で自分らしく生き続けることが自分なんかにできるのだろうか?」

 

そう悩むようになりました。

そして次第に、「生きる」=「働く」となっていたことに感覚的に気づき始め、職場から求められる目標と自分の目標とのギャップにも違和感が増大。

「同じ職場で定年まで働く」「家庭を持ったら自分より家族を優先して、大黒柱として安定した収入を得なければならない」という固定観念と自分の中で変化していく価値観との間でモヤモヤが育ち始め・・・どうすれば良いかわからないまま感情のまま、自分という存在には見て見ぬ振りを続け、自分の存在意義について自問自答する日々が続きました。

 

私の場合、一つの転機となったのは同僚に誘われ初めてやってみたスポーツでした。達成感、非日常感から得たエネルギーが相当大きな影響を与えてくれました。

その時、自分の頭の中が如何に「仕事一色」になっていて、短所を直して今の職業に適応することばかりに囚われていたことに気付きました。自分で自分の心の不健康を招いていたのです。

それからは、身の回りに起きている人間関係のトラブルや仕事の悩みが、自分の人生にとってはほんの一部であり、全てではないこと

不安や劣等感などのネガティブな感情を考えている暇があるなら、ヒトがどうやったら喜ぶかを考えよう”と思えるようになってきたのを覚えています。

みんながスポーツをやればいいという話ではありません。

今後、他の方法について皆さんと考えられたらと思います。

 

まだまだ自分の存在意義の答えに辿り着いてはいませんが、今は「やってみたいと思ったことはやってみる」という自分の感性を認めてあげて生きています。

チャレンジは何歳からでもいいんです。(他人様に迷惑をかけなければ。笑)

いまも日常的な悩みは小さなこととして受け入れ、自分や他人を許せるようになっています。(自己肯定感が高まった証拠です


私は結構能天気な適当人間ですが、人が人を見下したり、悪口や陰口を言ったりすることが嫌いです。その場面を見たり聞いたりすると胸が締め付けられるような感覚があるからです。

自分や他人が人間関係や生き方に納得感を持ちながら「生きやすい」世界とは、その人が世界をどのように捉えられるようになった時なのか。

人が人の生きづらさや個性を認め合えればいのになあと常日頃より考えています。

 

長文読んでいただき感謝いたします。

 

追伸

つい最近、HSPの診断をやってみたら私は、HSSHSPでした

それでも、今のところ毎日医療従事者として働けています。

 

当ブログでは「自己肯定感」に関係することをなんでも書いていこうと思っています。

共感してくださる方や感想やコメントなどで繋がっていけると幸いです!